現在最もホットな話題は新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)ですが、そのちょっと前には肺結核が、その前にはノロウイルスや鳥インフルエンザが、さらにその前には SARDSが話題にとりあげられていました。いつの時代にも人間と微生物の戦いは続いているようです。
結核は振り返ってみると10年に一回ぐらいのペースで騒がれています。病院の職員が結核になって入院患者さんが集団感染したとか、老人施設で集団感染がみられたとか、いろいろありましたね。肺結核に関してはネットで検索すれば山ほど調べられます。とくに結核予防会の内容は確かですから役に立つのですが、素人さんがみてもぴんと来ない点が多いと思います。
そこで、このような題目で、簡潔明瞭に結核を論じたいと思います。
だらだら書いてもわかりにくいのでポイントをしぼって箇条書きにします。
■ 結核は完全に治る病気です。
(ただし非常に特殊な、薬の利かないケースもありますが無視できる範囲です。)
■ 仮に結核菌が体の中に入り住み込んだとしても、発病するのは10パーセント程度です。もちろん、体内に入った結核菌の量とか、その人の抵抗力の問題が重要ですが、簡単に言えば、この程度しか発病しないということです。
■ 仮に発病した場合、重症のときは入院隔離を余儀なくされることもありますが、それも1ヶ月程度で、あとは外来治療で済みます。今の結核の薬はとても良く効くのです。長くても9箇月くらい服用すれば完全に治ります。
■ では、隣の人が結核で入院した場合、自分はどうしたらよいでしょうか。かなり接触が濃厚の場合は、だまっていても保健所から連絡があります。その内容は一定ではありません。接触の強さ、年令、基礎疾患を有しているかどうかなど、様々な要因が考慮され、どのような検査、経過観察、予防投与が必要か専門会議で決められます。
ですから、連絡がない場合は、まずたいしたことがないと考えてかまいません。それでも心配な方は次に移ります。
■ すぐに胸部レントゲン写真をとりましょう。もちろん呼吸器を専門にしている医療機関でですよ。現在の医者の中で本当に結核を知っている人間は少ないからです。そこで、異常なしと言われるでしょう。
そうしたら、2ないし3箇月後にもう一度レントゲン検査を受けてください。前回と同じ医療機関で調べることがとても重要です。なぜなら、前回の写真と比較できるからです。この前回の写真と比較するという作業がとてもとても大事なのです。
そこで異常なしといわれたならまず合格です。普通にしていてかまいません。なんだ、そんな程度か、精密検査といってもただレントゲンを撮るだけか、たいしたことはないな。と思っている方に、それで結構です。それ以上知る必要はありません。幸せに暮らしてください。ただ、なんか変だ、おかしい、こんな簡単なはずはないと思われる方は次に移ります。
■ レントゲン検査と同じくらい意味のある検査が喀痰検査です。ようするに痰を調べるだけです。痰の中に結核菌がいるかどうか調べるのです。ただ、普通の人はなかなか痰が出ません。出ない人に検査は無理です。たまたま喫煙者などで毎朝痰が出る人は、ぜひ調べてください。
痰を顕微鏡で調べて結核菌が見つかった場合は、すぐに入院となりますが、先ほどのレントゲン検査で異常がない人ではまずありえません。
また、この痰は通常8週間培養します。つまり徐々に結核菌が育ってこないかどうか8週間もかけて調べるのです。8週間後に陰性(結核菌はいない)と分かると完全に結核は否定されます。最近では、DNA検査が導入され、痰をすぐに特殊検査できるため、以前に比べかなり短い時間で結果が出るようになっていますが、それでもなお8週間の培養が必要です。
では、これで終わりかと思っている方へ。これ以上は必要ないと考えますが、興味のある方は次に移ります。
■ そもそも、結核と診断され治療を受ける人は、日本で毎年2万5千人程度います。私が開業した11年前は5万人近くいたはずです。確かに減少してきたといえば言えますが、まだ毎年こんなに多くの人が結核になっているのです。
つまり、満員電車の中にも結核の人がいるかもしれないということです。
さらに言えば、大病院で待っている間に結核菌が1匹や2匹肺の中に入ったり出たりしているかもしれないということです。こんなもんなのです今の日本は。いつだって結核菌が入り込む状況にあるのです。ただ、入り込んだとしても、住み着くかどうかは分かりませんし、さらには発病するかどうかも分かりません。こんなことでいいのか、と思われる方は次に移ります。
■ 昔、戦後間もない時代には、ほとんどの人の肺に結核菌が住み着いていました。つまり、小さい頃にすでに結核菌を吸い込んでいたのです。当然のことです、町のあちこちの人がどんどん結核になっていた時代ですから。それでも実際に発病する人の率は低く、また発病したとしても自力で押さえ込む人も多くいました。
また、昭和25年くらいからはストレプトマイシンという特効薬も使われ始めたため結核は治る病気となり、そのおかげで結核菌を排出する人も減りました。それでも現在の高齢者の多くは結核菌が住み着いています。
事実、私にもいるはずです。見てきたわけではありませんが、ツベルクリン反応が明らかに陽性(強陽性)ですから間違いありません。でも発病はしていませんから、皆さんにうつすことはありません。現在50歳くらいで結核菌が住み着いている人は10パーセント弱だそうです。65歳以上だと50パーセント以上だと聞いています。逆に50歳以下の人たちには結核菌が住み着いていないことになりなります。
さあ、これからがおもしろいところです。すこし難しくなってきたし飽きてもきたでしょう。興味のある方だけ次に移りましょう。
■ 高齢者の多くは、すでに結核菌が住み着いていると言いましたが、このような方は体内に結核菌に対する抵抗力があるともいえます。ですから、隣の人が結核菌をばらまいたとしても、完全ではないものの追い払う力がかなりあるわけです。とても良いことだと思いませんか。
しかし、現在結核を発病する人の中で高齢者が占める比率が高いのです。あれれ、どういうことかな。
つまり、今まで眠りながら住み着いていた結核菌が、目を覚まして病気を発症させたということです。これを二次結核といいます。高齢になり、そのために抵抗力が落ちたり、基礎疾患に糖尿病のような感染症に抵抗する力が弱ってしまう病気を有する場合に発症しやすくなります。寿命が延びたことも発症率が増加した要因の一つだと私は考えています。
ということは、私を含む高齢者には、結核が発症する可能性が常に存在すると考えねばなりません。
ですから、年に一度の検診は必ず受けてもらいたいと同時に、咳が2週間以上続く場合も胸部レントゲン検査を受けることが必要です。では、若い人、結核菌が住み着いていない人の場合はどうでしょうか。根気のある方は次に移ります。
■ 体の中に結核菌がいないことは良いことです。先ほどのような二次結核を発症することがないからです。しかし、もし隣の人が結核菌をばらまいたとしたらどうなるでしょうか。吸い込んだ結核菌に対してまったく抵抗力がないわけですから、簡単にいえば結核菌の勝ち、結核を発症する可能性が強くなります。
このようにして結核が発症することを一次結核といいます。初感染発症の結核ともいいます。この場合は重症になるケースが多いのです。
例えば結核菌が血液中に入り込み全身にばらまかれると、粟粒結核や髄膜炎、脳炎などを引き起こす危険性が二次結核に比べはるかに多いのです。特に子どもの場合はより重症化します。では、どうしたらよいでしょうか。
■ そこで登場するのがBCGです。「はんこ」みたいな形をして針が何本もついている、そう、あれです。ノースリーブの服を着たときに肩から腕にぶつぶつが見られる人がいますね。それがBCGを受けた証拠になります。まるで江戸時代の島帰りの人の刺青みたいですね。そんなことはどうでもいいのですが、このBCGは牛の結核菌を何代も(20代以上)培養して作られています。これを接種すると体の中に人の結核菌に対して抵抗力がつきます。牛なのに?と思われるでしょうが、大丈夫、人の結核菌に対しても役に立つのです。
一種のワクチンと考えてかまいません。麻疹、風疹、インフルエンザなどのワクチンと同じように理解してもらって方がわかりやすいでしょう。本当は意味合いがぜんぜん違うのですが、ごちゃごちゃするのでこのまま話を進めます。現在は生後6箇月以内にBCGを受けるようになっています。
このため、結核菌に対してある程度の抵抗力を持つことになりますが、かりに結核菌を吸入した場合も100パーセント発症を予防するほどの力はありません。
またBCGの効果も受けた人すべてに完全に効果を発揮するわけではありません。
実際、私たちの年令の時代にはツベルクリン検査を行い、陰性だった場合にはBCGを接種することを3回繰り返し行ったほどです。現在は昔に比べ結核菌を吸入する事態は著しく減少したため、もうツベルクリン検査は中止し、1回だけBCGを接種することになりました。では、BCGを受ければ結核は発症しないのでしょうか。そうあまくはないでしょう。次に移ります。
■ BCGを接種されても、その効果が全員に完全に現れないことを先に述べました。
また、さらにいうと、BCGの効果は10年から15年程度しか持続しません。つまり、単純に考えると20歳以上の人には、すでにBCGの効果は消滅しているといえます。では、なぜ再接種をしないのでしょうか。もともとBCGの目的は、抵抗力の弱い小児期に結核を発症する人を減らすことなのです。先に述べたように重症の結核になりやすいからです。ですから20歳以上の人には、その目的からはずれます。
また、昔と比べ結核菌があちこちに、うようよしている状況ではなくなっていますから、そうむきになってワクチン(BCG)を国民全体に摂取する必要はないということでしょう。
かりに、わずかの患者があらわれたとしても治療し完全に治すことができるのですから。現在はツベルクリン検査を定期的に行うことがなくなりました。小児のほとんどが陰性だからでしょう。
でも、高齢者に行えば、ほとんどが陽性になると思います。つまり、日本では体内に結核菌が住み着いている人と、いない人が混在しているのです。個人的な考えでは日本人の少なくとも3割は結核菌がいると思います。そろそろ疲れてきましたので飛ばします。
■ BCGの効果がなくなりツベルクリン検査が陰性だった人が陽性になった場合は、明らかに結核菌が体内に入った証拠になります。BCGの効果が続いている若者は当然ツベルクリン検査は陽性になります。
かりに本当の結核菌が入ったとしてもはっきりわかりません。以前は、ツベルクリン検査の結果、強陽性(二重発赤、水疱形成)の場合は本当に感染したのではないかと疑われ、場合によっては予防的に結核の薬を半年服用することがありました。ところが、最近では、すごい検査が登場したのです。
■ クォンティフェロン検査(QFT)といいます。2006年から日本で検査できることになりました。でも、いろいろ面倒くさいことがあるようで、一般の診療所では検査できません。
それにしても、この検査は血液で人の結核菌が体内に住み着いているかいないかを調べることができるわけですからツベルクリン反応の検査をするまでもなく、結核菌の体内への侵入の有無を確実にチェックできます。仮に、身近な人が結核で入院した場合、おもに50歳以下の結核菌がいままで体内に潜んでいなかったであろう人たちには、BCGの影響なく判断することができます。
つまり、入院した人との濃厚な感染が疑われた人でQFT が陽性だった場合は、結核菌に対する薬、主にヒドラジッド(INH)の予防投与(半年間内服するだけ)が検討されることになります。
■ このようにして結核の発症を予防するシステムができあがっていますが、結核が完全に撲滅される日はかなり先になるでしょう。仮に日本だけの場合を考えても、すでに高齢者の多くの人にはすでに結核菌がいるのですから、言い方は悪いでしょうが、私を含め、すでに結核菌と共存している高齢者が、結核菌と共に荼毘に付されるまでは結核という病気はなくならないと思います。
また、世界中にはさらに多くの結核患者がいるわけですから、日本だけ結核をなくすということはできないでしょう。
簡潔明瞭のつもりが大作になってしまいました。かえって分かりずらくなったのではと反省しています。
それにしても、常々思うことは、人と微生物の戦いはなくならないということです。そして、薬は人にとってはとても重要な武器になりますが、最後には人の抵抗力が微生物を追い払う唯一の力だと信じます。そのために、昔から言われている、規則正しい生活、特に睡眠時間を十分にとることが何よりも大切なことだと考えます。ご静読ありがとうございました。