平成23年5月現在、ユッケ摂取による食中毒のニュースが続いております。原因菌は腸管出血性大腸菌 O111 と言われています。
一昔前に問題となった O157 による集団食中毒事件を思い出しますが、ここでよく考えてみましょう。このような強い毒をもつ菌は、新型インフルエンザや SARS のように突然現れた微生物ではないのです。常に私たちの周りに潜んでいるものです。
また空気感染するものでもありません。人ごみで移される心配もありません。つまり食中毒は食物から体内に入ってくるものですから、簡単にいうと食物に注意していれば予防できるわけです。とはいえ、どの食物が安全でどれが危険かの判断は簡単ではありません。今回は内科開業医として経験してきた食中毒から得られた知識・考えを羅列してみたいと思います。
(1) 下痢の症状で受診される患者さんは、ほぼ毎日みられる。このうち、2日以上続く水様便の場合は微生物による感染性胃腸炎を疑う。
(2) 成人では多くの場合ノロウイルスが原因となる胃腸炎で流行性が見られる。乳児、小児ではロタウイルスによる胃腸炎が多い。
(3) ノロの場合、まる2日間で症状が改善する。初日はときに高熱、関節痛、はげしい嘔吐、つづいて水様便となるため、驚いて慌てて受診される方が多い。嘔吐物、下痢便から感染することがほとんどで、トイレを共用する家族内で次々と感染する。子供の嘔吐物を処理した母親が感染したケースも多い。
(4) 食物摂取により感染する。いわゆる食中毒例はノロウイルスによる胃腸炎に比べると著しく少ない。ノロほど高熱は出ない、嘔気・嘔吐は少なく、毎日頻回の水様便が長く続く。
(5) 食中毒の原因菌として、経験する頻度の多いもので、カンピロバクター、大腸菌が挙げられる。教科書的にはサルモネラ菌、腸炎ビブリオ菌、赤痢菌、コレラ菌などが有名である。
(6) 個人的には、カンピロバクターは鶏肉から、とくに焼き鳥(火のとおりが不十分な場合)が、大腸菌はレバサシが、サルモネラは賞味期限のすぎたハムが原因と思われた例を経験した。出血性大腸菌O157 のケースでは原因食物は不明であった。
(7) 食中毒では、ウイルス感染と比べ著しい流行はないが、同じものを食べた集団から多数発生する場合がある。原因菌の種類により我々は保健所に届け出る(義務がある)。それをもとに保健所が調査する。
(8) 細菌性にせよウイルス性にせよ、感染性胃腸炎の治療の基本は体内から微生物を排除することである。つまり、嘔吐や下痢はどんどん微生物を排除する人体の防御反応である。したがって、下痢を止めてはいけない。しかし、脱水になると下痢も止まってしまう。そうなると病状は悪化する。脱水を補いながら下痢を続けることが最も的確な治療法である。この際、ナトリウム、カリウムなどの電解質が喪失するので補給が重要。さらに食中毒(細菌性胃腸炎)の治療には細菌を退治する抗菌剤(クラビットなど)の投与を行う。ウイルス性の場合は退治する薬がないので対症療法で自然治癒を待つ。細菌性かウイルス性か迷う場合は血液検査を行う。血液中の白血球が増え、CRPという検査の値が増えている場合は細菌性(食中毒)と診断する。当院では10分で白血球とCRPの結果がでる機械を備えている。
(9) 毒性の強い病原大腸菌の場合、菌体内のベロ毒素が人体に障害を与える。この場合、あまり強い抗菌剤で菌を殺すと体内の毒素が一気に体内に放出されるため危険とされる。とくに、抵抗力の弱い小児・子供、老人は危険性が高いため、ホスミシンなどの比較的弱い効果(静菌作用)の薬が投与される。しかし、繰り返しになるが基本は補液である。ベロ毒素により溶血性尿毒症症候群を起こし重症になることは有名である。
以上、まとまりのない内容になってしまいましたが、現状をお伝えしました。これを書いている間にドイツで O104 による食中毒で5人の方が亡くなられたというニュースが流れてきました。自分の身は自分で守るしかありません。食べ物には気をつけましょう。