現在はSARSの話題で持ちきりですが、その直前まではこのSASが話題になっていたのを思い出してください。新幹線の運転手さんが居眠りをしていて停車駅に止まらなかったとかなんとか、確かそのようなニュ-スのためSASが脚光を浴びましたよね。この病気は日本語名のごとく睡眠中に呼吸が止まってしまうものですが、その定義は、一晩(約7時間)に10秒以上の無呼吸(呼吸が止まった状態)が30回以上、又は1時間に5回以上の無呼吸が起こるというものです。呼吸が止まるなどと聞くと、とても恐ろしい珍しい病気のように思われるかもしれませんが、皆さんは、ある太った方が飲酒後に大いびきをたてて眠ってしまった時、一時そのいびきが途切れて、ああ静かになったなと思った瞬間に、前より倍も大きないびきが聞こえたという経験をしたことがありませんか?
実は私の父親がその典型でして、深酒のときなどは、かなり長い時間呼吸が止まったものですから、幼心に父さんはこのまま死んでしまうのではないかと心配した記憶があります。ですから、私にはこの病気はとてもポピュラ-な疾患に感じられます。ちなみに私の子どもたちも同様な感覚を持っているというのは何故でしょう。
このSASは欧米では、かなりの患者数が報告されており(アメリカでは1,200万人とも)、さらにはSAS患者が多くの社会問題を引き起こしていることから、この病気の認知度は非常に高いようです。しかし日本では、この病名を知っている人は少なく、今回の新幹線のニュ-スで初めてSASという言葉を耳にした方も多いと思われます。それでも専門家の間では、日本にもSASは人口の1~2パーセント、又は約200万人(男性9割、女性1割)くらいいるといわれてます。ただ認知度が低いために、患者さんは症状が重症にならないと病院を訪れない傾向があり、そのために現在では重症のSAS患者さんだけ〈約2万人)が治療を受けているといわれています。ちなみに私の診療所で実際に治療をしているのはわずかに4人だけです。カルテの数がおよそ10,000ですから、1パーセントとしても100人くらいはSASがいるはずなのですが・・・。
それでも日常診療上、どうもSASの疑いがありそうだと思われる人はかなりいると実感しています。その多くは肥満が強く、首が短く、鼻閉のある方なのですが、面と向かって、あなたはSASの可能性が高いとはちょっと言い難いものです。そのような方は、自分がいびきが強く、時には呼吸が止まると他人に指摘された経験はあるようなのですが、病気というほどではなく、とくに日常生活に不自由を感じていないからです。ですから医者の立場としては、患者さんのほうからSASが心配だとか、自分はSASではないだろうかと言い出してくれないと簡単に検査できないのです。
SAS患者さんは、夜間に熟睡できませんので日中の眠気が強く、そのために仕事や学業に支障をきたしやすく、とくに欧米では自動車事故を起こしやすいという点で社会問題になっているのですが、純粋に医学的な問題としては、高血圧、心臓病、イライラ感、インポテンツ、夜間頻尿、その他が挙げられます。私の患者さんの中で、夜中に最長一分間も呼吸が止まっていた方がいました。この時、血液中(動脈血)の酸素の量は、正常と比べてなんと半分にまで減っていたのです。この時、脳からは早く呼吸をしなさいという指令が送られており、呼吸運動を行う筋肉(横隔膜や肋間筋など)は実際に呼吸の動作をしているのですが、呼吸の入り口である喉が閉ざされているために(舌、扁桃腺、軟口蓋が入り口をふさいでしまう)、空気が肺に入りこめないのです。例えは良くないのですが首を絞められているのと似ています。眠っているために本人は息苦しさは感じませんが、もし覚醒状態で同様な条件をつくれば苦しさのあまり七転八倒するでしょう。このような状態が毎晩続けば、心臓も脳も疲れることだろうと容易に想像がつくはずです。
多くのSAS患者さんは、奥さんに促されて、もしくは脅迫されてイヤイヤ?
病院を受診されるのですが、この病気を正確に診断するためにはかなり大掛りな設備と多くの医療関係者のマンパワ-が必要となります。睡眠ポリグラフ検査(ポリソムノグラフィ-)といわれているもので、一晩二晩入院して検査を行います。体に各種センサ―をつけて、顎の筋電図、眼球運動、脳波、心電図、胸部と腹部の動き、鼻や口の気流、動脈血の酸素含有量などを記録して総合的に判断する必要があるからです。
私が医者になりたての頃、ちょうど今から25年ぐらい前になりますが、この検査を担当したことがありました。3人の医者が寝ずに記録するのです。もちろん患者さんは大いびきで眠っているのですが。これを二晩も続けられるともうウンザリです。担当するのは研修医と若いなりたての医者です。「若いものでないとこの検査は出来ないからね、ガンバッテ」と先輩の医者に叱咤激励?されて、うつろな眼で夜を過ごすのです。もちろん翌日の日中も普段どおりの仕事をこなさなければなりません。とにかくこの検査の当番には当たりたくないというのが我々の率直な気持ちでした。今では大分簡略化され、手数も少なくなってきたようですが、私にとっては印象に残る疾患となっています。
ここまで大掛りな検査が必要と聞くとしり込みしてしまう方も多いと思いますが、最近では入院などしなくてもSASの診断をつけることが可能になりました。携帯用の睡眠ポリグラフ装置(110×27.5×75ミリメートル、約200グラム)とコンピュ-タ-を使うことで、自宅で普通に眠っている間に検査できるのです。フクダ電子株式会社さんが行っているのですが、(図1)のシェ-マのように鼻の下と一本の指にセンサ-を付けるだけで、とても簡単に診断できます。
このようなものを付けては眠られないのでは心配される方へ、ご心配なく、本当のSAS患者さんならすぐに眠りについてしまいます。それが病気なのです。
さて、その結果、まず呼吸数(例えば一分間に最小0回、最大42回、平均7回)、無呼吸数(例えば901回)、無呼吸時間(例えば最小10秒、最大139秒、平均33秒)、血液中の酸素含有量(酸素飽和度として例えば最低72パーセント、最高98パーセント)などがわかります。
そして、これらの結果が一定の条件を満たせばSASと診断できるのです。自分がSASではないだろうかと悩んでいる方は、呼吸器科のある病院、又は私の診療所のような呼吸器科を前面に標榜している医院に相談されれば簡単に検査が受けられます。
SASと診断された場合、その治療はどうなるでしょうか。SASの中には中枢性といって脳の病変が原因の場合も含まれますが、このタイプはごく稀で、ほとんどのSASは閉塞型といわれるタイプです。前に書いた首を絞められているようなタイプです。このような患者さんの多くは肥満があり、首が短く、扁桃腺が大きいという特徴があります。ですから治療の第一歩は減量です。次に、適応のある場合は扁桃腺の摘出、その他マウスピ-スの装着といった方法がありますが、現在多くの患者さんが行っているのはCPAP(シ-パップ:経鼻持続陽圧呼吸療法)です。
これは、(図2)に示したような装置を用いるのですが、鼻にマスクを装着し圧力をかけた空気を鼻から持続的に上気道に送り込むことにより、上気道の閉塞を防ぐ(上気道を押し広げる)というものです。
どのくらいの圧力をかけたらいいのかは、その人に最適な圧力を決定できる優れものの機械を使います。こうして決定された圧力で設定されたCPAP装置を毎晩使用するというわけです。コストの面ですが、このCPAP療法は保険の適応になっているので、毎月医療機関に支払うお金の中に、この装置のレンタル料も含まれる形になります。簡単に計算すると月に1回の受診の場合、初診料又は再診料のほかに、保険点数で1,460点(14600円)分の追加となります。
もちろん、この1,460点の2割負担か、3割負担かは個々によって変わりますが、最高で3割(4,380円)分の追加となります。一月まるまる機械を使ってのこの値段は、かなり安いのではないかと私は考えています。
かなり長々と述べてきたので疲れました。
最後に一言、気になる方は本物の呼吸器科でご相談ください。